わたしのできることをするしかない
なんか…、占い師じゃないのかもしれない…自分のことをそう思うことが、よくある。
この間お客さんと話す機会があって、
「わたし多分ちょっと癖のある占い師だから」、とわけのわからないことを言ってしまいました。
自分がやっているのは、西洋占星術とタロットカード。
「西洋占星術家」かというとちょっとちがう、「タロット占い師」…というのも多分…申し訳なさすぎて言えない…。
極めきったかというとそうでもなくてごめんなさい…というか…。
西洋占星術もタロットも、ちゃんとした人が聞いたらびっくりするくらい基礎的なことしか使ってないと思う。
あと子供の時から占いが好きで好きで…というわけでもなかったということもあって、「ごめん…」というのもあります。
自分の実感としては「相談業」…かなあ…。
西洋占星術とタロットは自分の手足だと思っているんですけどね。
たとえばハローワークに行ったりすると、職業や今の世間的な状況を知ってらっしゃる上で専門の窓口の方は相談者の方に答えていらっしゃる。
そういうのはわたしにはないわけで…、そのかわりに、西洋占星術、タロットを使っているということになるのだろうか。あでも知識というより手足。
お客さんと話をする時は自分と一体化してる。
そしてなにかを引き出すためのツール。
「明確な解決策を言われていないのにすっきりするのはどうしてだろう?」(フィードバックありがとうーーー)と言われて「すっきりしたならよかった…」と思いつつ、確かに明確な「こうしなさい」はお伝えしていないな…。
あれ、これは「相談業」としてどうなのか。
相談者の方は、最初から「こうしたい」とはっきりされている方はあまりいらっしゃらなくて、何か問題があるからいらっしゃっているのは確か。けれど最初の時点ではご自身がどうしたいのかはわかっていらっしゃらなかったり、最初にお話されたことの奥に実はとても大事なことが潜んでいたり…。
「何も聞かなくてもいろいろ見えてお伝えできます」というタイプではまずないので、お話を伺う、カードや星の状況に出ているものを読む。
そこからレスポンスをいただいて、としたら「こういうことかな…」とまたカードや星を読んで…というやりとりをくりかえしながら、一緒にどこかの出口に向かう。
わたしは2018年から思うところあってNLPというものを学んでしまったのだけど(主にコミュニケーションについての学びということになるのかな)、
その中でトレーナーや先輩の方々が何度も仰っていたのは「答えは自分の中にある」ということ。および「わかったつもりで聞かないこと」。
自分の当たり前をベースにお話を伺うと、二人の空気感がどんどんずれていくのがわかる。
お客さんにはお客さんの豊かな人生が、これまでの経緯があってかたちづくられている。
どんなに聞いても、それを完璧にわかるなんてことはない。
その上で伺い、あくまで自分の主観でなく、出ていることからお伝えする。
それがわたしのできる範疇です。
できるだけのことはしたい。
せっかくならば、元気になって帰ってもらえたらそれはうれしい。
だけど、「相手を変えなきゃ」、て思うのは自分の欲でしかない。
やはり「答えは自分の中にある」だと思っているんです。
ただ、中にあっても意識化できないと言葉、さらには答えとして認識されない。
自分の中の答えにつなげていくための、意識化させていくためのセッションであり、占いであり…ということになるのかな。
目的はきっとそこで、占星術もタロットもお話を伺うことも全部使ってトータルで自分の仕事なのかもしれないですね。
これを占い師、というのかちょっとわからないのだけれど。
(かといって占いから離れようとすると、ひきもどされるということがこれまでなんどかあって、やっぱり占いが自分の軸なんだと思います。)
セッションを受けてくださったお客さまが、ご自身のブログにて触れてくださいました。
ありがたいです。→☆
ネイリストの方ですが、わたしも実は施術を時々受けさせていただいています。
「大切に扱ってもらえる」って、こんなに静かにしあわせにしてもらえるものなんだ…という体験でした。
それがプロフェッショナルということなんだなという気持ちにも。
自分にとって特別な時には爪のお手入れをお願いしに行きたい。
そんな気持ちになれる施術をされています。
通常の占いのご案内はこちらから。→☆