「どうして占い師になったのですか?」わたしの場合 お仕事編 パート2
こんにちは。
なかむらです。
少し前から時々尋ねられる「どうして占い師になったのですか?」ということについて書いてみています。
前回から「具体的にどのように仕事になっていったのか?」編。パート2です。
前回の分はこちらのページからどうぞ。→☆
「占い、やってもいいのかな」と思ったのは2012年の年末。
2012年、わたしはわりとなんだかどん底感がすごくて、占いの講座にも全然行けなくて自分自身も気力が落ちていて、このまま占いから離れていくのかも…と思った時期でした。
そして本当にお金がなかった。電気が止まって、テレビもPCも持ってなくて、真っ暗な部屋でスマホだけみて過ごしてたことも…。
「このままじゃだめだ」
そう思い立って、久しぶりにお世話になったタロットの先生の個人レッスンを受けたんです。それが頭を使って難しくて「ううう」となったのだけれど、その時に先生が企画されていた新人さん(先生の生徒さんたち)のイベントにお声かけてもらったんです。
そのイベントは、今までと違ってほとんど知らない方しかお客さんとして来ない場所でした。
女子高生?ぐらいのまったくわたしの生活とは接点がない女の子たちが占いに立ち寄ってくださって、まったく事情はみえなかった。
そんな中ではただひたすらカードから読み、それをそのまんま伝えるしかなかった。
それがよかったんです。
お客さまが満足された感じがあって、「あ、これでいいんだ」「もっとやってもいいのかも」と思った。
そういう経験ははじめてだったから。
イベントはすごく楽しくて、機会があれば出たいって思った時期がありました(今も基本的にはそう)。
一期一会ではあるんだけど、ふだんのわたしの生活圏では出会えないお客さまに出会えたり、わたしのことを知らなくてもまずは気楽に受けてもらえるところがいいところ。
インパクトあったのが、TVBrosという雑誌が当時ありまして、
「サブカルくそ婚活」という企画があったのですよ…。
多分サブカル好きで、「婚活なんて…」と普段言っている人々向けと思われる婚活企画。
参加者が出店してもよいよーということだったので、
わたしも一応エントリー。その頃は彼氏がほしかった。
…が、始まってしまうと延々占いに。もちろんありがたいことなんだけれど、自分自身の婚活活動はできず、同じように出店したみなさまの出し物は観られず…。ライブとか出し物もいろいろあったんです。
大塚のライブハウスでのオールナイトイベントで、朝焼けとともに帰りの山手線に乗った記憶が。あれはあれであそこまでいくと爽快感がありました。
こういう時って男の子たちも受けてくれるんです。
みんなナイーブで、女の子と同じように(もしかしたらそれ以上に繊細に)恋のことを悩んでいて、そういう瞬間に出会えることにも感動がありました。
やはり別のイベントでお友達が男の子を連れて遊びに来てくれたことがあって、
彼はすごく受けたそうにみえたのに、占いを受けるということ自体に抵抗があった感じがあって、迷って迷って二転三転して結局受けなかったということがあったんです。
本当は話したいこと、自分だけでは受け止めきれないことがあるのかも…。
そんな風にもわたしには見えました。
占いを受けることに対する抵抗って、男の子で強い方は多い気がします。
「そういうものに頼っちゃいけない」「非科学的なことに頼るのは恥ずかしいことだ」という感じ。
そういう男の子にも占い、受けてもらえたらなって思った。受けてみたい気持ちがあるのならね。
占いを受けても、自分の人生を決めるのは自分自身。
怖いものではないということを、わたしのできる範囲で伝えられたらと思った記憶があります。
話すことだけで軽くなることだってあるんだよ。
もうちょっと続きます。