今の自分じゃだめですか?

10月の予定を更新しました。→
10月はかなり予定は空いています。
セッションに加えて、ぜひぜひタロット、西洋占星術の個人レッスンなどもどうぞ。
毎週木曜日は西荻窪の暮らしのいろいろていねいに、というお店にいます。
それ以外の日もお客さまのご都合に合わせていろいろやっております。


今年は自宅で仕事をすることが多い年になっています。
ほっといたら自宅から外に出ない一日もありまして。
健康のことを考えて、自宅でYoutubeを観ながらほそぼそトレーニングなどしています。
やりすぎるとつらいけど、それはそれでいい気分転換になったり。

Youtubeの世界には、たくさんの宅トレのお兄さんやお姉さんがいて、
だんだん、この人の動画がお気に入り!というのもできてきちゃったり。
で、お気に入りのお姉さんの動画を観ながらトレーニング。
わりと楽しい。

動画の中でお姉さんが体を動かしながら、視聴者向けに励ましのテロップが出たりします。
「あともうちょっと」とか「こんなことに気をつけて」とか、
そういうのもほんとよくできてる。
コミュニケーションを意識してるんですよね。そこから人間味みたいなものが感じられるからなのか、ちょっとうれしい。なだらかな気持ちでトレーニングできる。

その中で時々出るテロップが、
「自分の好きな自分になるために(がんばろう)」。
なるほど…、と思いながらもちくっとひっかかるのです。

自分ももっと健康になりたいと思ってやってる。
「今よりもいい自分」になりたい。
(および体動かしとかないといろいろやばい、という危機感もあったりする)

でも、今の自分じゃ好きになれないの?
どんな自分だったら好きになれるの?…と。

まあちょっと宣伝的というか、自分がかかわっている占いと絡めて考えると、
西洋占星術を学んでわかったことは「人と人はちがう」であり、「自分は自分でしかない」ということです。

もっと素敵な自分でありたかった。
西洋占星術では、生まれた瞬間の星の位置からその人の本質的なものを出していきます。それをネイタルチャートと言います。
そういうものを読みながら、「本当はもっと素敵よ」と書いてあってほしかった…ような気がします。個人的には。
ですけれど、自分のネイタルチャートには、
言葉にはできていなかったし認めたくなかったけれど、確かに自分だよね、ということしか書かれていなかったような気がします。

ただ、それをわたしはわざわざ「だめ」とラベルを貼っていたんですよね。
「だめ」か「よい」かという判断は自分がしていただけで、本当はどうかなんてわからない。誰にも判断できないはずのこと。

なんとなく思うのは、自分をおおもとから大きく変える、自分以外になることというのはどうやらできないらしくて、
できるのは、そのままの自分を踏まえた上で、より「らしく」「よりよく」していくためのチューンナップまでかもということ(それができるだけで相当すごい。多分そういうことをポジティブというのかも)。

だけれど、どうやら自分らしいもの以外をやろうとするより、自分ぽいことをしたほうが、仮想の「素敵なはずの自分がたどったかもしれない人生」をやることができなかったとしても、
どうやら自分が生きている感じがするし、結果的に納得のいく感じになっている気がする。
あ、世間とか世の中の常識的に考えて成功していますみたいのは…ちょっと脇に置きます…。

とはいえ、日々これでいいのかとは悩むし、もっと素敵になりたい、とは思うし。
そこから完全に抜けきることができるわけではないんですけどね。

(そしてそのお姉さんのトレーニング動画は当面観続けるとも思います。
がんばろうって気持ちにさせられてほんとすごい。)

 

最近、美容院で髪を短く切りすぎというか、切られすぎてあちゃー、みたいな事件がありまして…、
美容師さんも若干「うーむ」となっていたのですが、
それは「こんな感じでいかがでしょう」とわたしが持っていった写真が悪かったと思った。
モデルの人とわたしはちがう。顔の形やら髪の質やら。
美容師さんは美容師さんなりに、なるべく写真の髪型を再現しようとしていたとは思われる…でした。
(髪はちょっと伸びてなじんできた)

ほんとにどこにも行っていないもので写真がない…。
これは近所を歩いていて、大きな道路にはさまれて突然エアポケットみたいな場所があって面白くて撮りました。この近辺だけ空が広いのです。