なにやってもどうやらわたしはわたしらしい。

以前にお知らせしたように→、最近いろんな方にお願いしてコーチングの練習をさせてもらっています。

コーチング…なのかもうよくわからない。笑。
けれど、対話でのセッションですね。
これがとても難しい。だけど続けているうちに、本当に少しずつだけどいろんなことが見えたり、ここができてない、こうアプローチできるんじゃないかとわかったり。
もしかしたら成長?してるかもなんて思ってうれしい。
ほんとみなさま、貴重なお時間とそれぞれの切実なるお話をありがとうございます 。

ですけど、お客さんがみなさま「占いの時と同じではないですかー」とおっしゃるのです。わはは。
そう言ってもらえるのは不思議だけど、これまで自分がやってきたことの力強さとか、蓄積みたいなものにあらためて気が付かせてもらっているような感じもあります。

ていうか、これをやりながら変かもしれないけれど、わたし占いと占いを通してお客さんと話す時間、やっぱり好きなんだってはっとしたんです。
自分にも感動がある。
ということと、自分は「自分のやってることなんか…」ってずっと思ってたんですよね。
なんだろう…やってることは占いなんだけど、これはわたしが思っていた「占い師」というものなのか?、とかね。
ものすごく何かを極めてるわけじゃないしとか。
その前に、わたしは自分が頭悪いと思っていて(知性がないとか)そこにコンプレックスがあるわけです。
あとたかが占いですみません、とかね。

ただ、占いの時間はお客さんと二人で作っていく時間でもあって…。

ですけど、こうやってお客さんとお話していくことも続けたい。
これらがいつかあわさって、何かひとつ違う新しいものになっていくのかわからない。
けど両方やっていこうかなって。
いつもと違う見方を、わたしがさせてもらっています。

お話を伺っていくセッションも、占いももっとやりたい。
こう思うことは、自分にとって悪いことではないのかもと思う。

そして占いの時間も、お客さんのお話を伺う時間もまずやることは「自分の主観や欲を捨てること」と思っているのだけど、
何をやっても、ツールが変わっても、どうやらわたしはわたしでしかないらしい。
でも自分についてはきっとこれでいいんだろうっていう妙な確信もあります。ほんと変。

だとしたら、自分のことを信じようかな、と。

このご時世で外出が少なくなって、自宅の窓から空を定点観測みたいなことになってます。